裁判員制度への期待とか

11月28日ごろから裁判員候補者となった人々に対して通知が届きはじめているとのことだが、どうやら私は選ばれなかったようだ。また来年頑張ろう。…何を?

裁判員制度の目的

裁判員法(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律)第1条に、この制度の目的が書かれている。

裁判員法 第1条
この法律は、国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資することにかんがみ、<略>

現状、司法に対する国民の理解は足りていない。それが、この法律を作った人の現状認識だ。
このように第1条において高らかに「国民はバカ」と宣言されているのである。同法13、14条に該当しない全国民よ、立ち上がれ。

…と正面から噛み付くと話が進まないので、ここは一旦その屈辱的な前提を呑むことにする。

司法に対する国民の理解の増進?

しかし、「国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与すること」ことで「司法に対する国民の理解の増進」が図れるかについてだが、この制度でそれは望めないのではないか、と考える。
あちこちのメディアで盛んに「裁判員候補になったことを他の人に漏らしてはいけない」などと宣伝されている(例えば「裁判員候補者の通知が届いた」ネットでの公表には注意を)。その根拠になっているのは下の条文である。

裁判員法 101条1項(前段)
何人も、裁判員、補充裁判員、選任予定裁判員又は裁判員候補者若しくはその予定者の氏名、住所その他の個人を特定するに足りる情報を公にしてはならない。

裁判員関係者の身の安全を確保することが主な目的であり、部分的にこれは正しい。なぜ部分的なのかというと、この条文は先ほど挙げた第1条、法目的と矛盾するからだ。どう考えても、「司法に対する国民の理解の増進」のためには裁判員のみなさんに積極的に情報を公開してもらったほうがいいに決まっている。候補になるだけでも352分の1*1の狭き門。生涯関係ない人も少なくないだろう制度が短期間で国民に浸透するには、国民自身の手を借りるのが早いし確実だしお金も掛からない。着ぐるみなんか着ている場合ではない。

司法に対する信頼の向上?

「国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与する」ことが「その信頼の向上に資する」。
なぜそう言い切れるのか。「国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与する」ことで「司法に対する理解が増進」した結果、「その信頼」が低下することだって十分にあり得ると思うのだが。

裁判員の辞退

みんな気になる辞退方法。こんなに多くの国民に嫌がられつつスタートする国民のための制度って一体。あ、いま「凍結っ!」って言ったら支持率上がると思うよ!麻生チャンス!
それはさておき、回避方法は裁判員法の第二節に書かれている。

第13条
裁判員は、衆議院議員の選挙権を有する者の中から、この節の定めるところにより、選任するものとする。

この辺は除かれる。

続いて「裁判員となることができない」事由。

第14条
国家公務員法第38条の規定に該当する場合のほか、次の各号のいずれかに該当する者は、裁判員となることができない。
一 学校教育法に定める義務教育を終了しない者。ただし、義務教育を終了した者と同等以上の学識を有する者は、この限りでない。
禁錮以上の刑に処せられた者
心身の故障のため裁判員の職務の遂行に著しい支障がある者

国家公務員法38条
成年被後見人又は被保佐人
禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者
三 懲戒免職の処分を受け、当該処分の日から二年を経過しない者
人事院の人事官又は事務総長の職にあつて、第百九条から第百十二条までに規定する罪を犯し刑に処せられた者
日本国憲法 施行の日以後において、日本国憲法 又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、又はこれに加入した者

「義務教育を終了した者と同等以上の学識を有する」かどうかを誰がどのように認定するのかは不明。また、「裁判員の職務の遂行に著しい支障がある」かどうかは裁判所が決める。

続いて「職務に就くことができない」事由。

第15条
次の各号のいずれかに該当する者は、裁判員の職務に就くことができない。
一 国会議員
国務大臣
三 次のいずれかに該当する国の行政機関の職員
イ 一般職の職員の給与に関する法律(昭和二十五年法律第九十五号)別表第十一指定職俸給表の適用を受ける職員(ニに掲げる者を除く。)
ロ 一般職の任期付職員の採用及び給与の特例に関する法律(平成十二年法律第百二十五号)第七条第一項に規定する俸給表の適用を受ける職員であって、同表七号俸の俸給月額以上の俸給を受けるもの
ハ 特別職の職員の給与に関する法律(昭和二十四年法律第二百五十二号)別表第一及び別表第二の適用を受ける職員
ニ 防衛省の職員の給与等に関する法律(昭和二十七年法律第二百六十六号。以下「防衛省職員給与法」という。)第四条第一項の規定により一般職の職員の給与に関する法律別表第十一指定職俸給表の適用を受ける職員及び防衛省職員給与法第四条第二項の規定により一般職の任期付職員の採用及び給与の特例に関する法律第七条第一項の俸給表に定める額の俸給(同表七号俸の俸給月額以上のものに限る。)を受ける職員
四 裁判官及び裁判官であった者
五 検察官及び検察官であった者
六 弁護士(外国法事務弁護士を含む。以下この項において同じ。)及び弁護士であった者
弁理士
司法書士
九 公証人
司法警察職員としての職務を行う者
十一 裁判所の職員(非常勤の者を除く。)
十二 法務省の職員(非常勤の者を除く。)
十三 国家公安委員会委員及び都道府県公安委員会委員並びに警察職員(非常勤の者を除く。)
十四 判事、判事補、検事又は弁護士となる資格を有する者
十五 学校教育法に定める大学の学部、専攻科又は大学院の法律学の教授又は准教授
十六 司法修習生
十七 都道府県知事及び市町村(特別区を含む。以下同じ。)の長
十八 自衛官
2 次のいずれかに該当する者も、前項と同様とする。
禁錮以上の刑に当たる罪につき起訴され、その被告事件の終結に至らない者
二 逮捕又は勾留されている者

裁判員が法律的に無知でないと第1条の前提が崩れるから」を超える、法学部の教授が裁判員になれない合理的な理由を提示していただきたい。
でもそんなことより2項で見事に被疑者の有罪推定が敢行されている点に注目。

そして「辞退の申立てをすることができる」事由。

次の各号のいずれかに該当する者は、裁判員となることについて辞退の申立てをすることができる。
一 年齢七十年以上の者
地方公共団体の議会の議員(会期中の者に限る。)
三 学校教育法第一条、第百二十四条又は第百三十四条の学校の学生又は生徒(常時通学を要する課程に在学する者に限る。)
四 過去五年以内に裁判員又は補充裁判員の職にあった者
五 過去三年以内に選任予定裁判員であった者
六 過去一年以内に裁判員候補者として第二十七条第一項に規定する裁判員等選任手続の期日に出頭したことがある者(第三十四条第七項(第三十八条第二項(第四十六条第二項において準用する場合を含む。)、第四十七条第二項及び第九十二条第二項において準用する場合を含む。第二十六条第三項において同じ。)の規定による不選任の決定があった者を除く。)
七 過去五年以内に検察審査会法(昭和二十三年法律第百四十七号)の規定による検察審査員又は補充員の職にあった者
八 次に掲げる事由その他政令で定めるやむを得ない事由があり、裁判員の職務を行うこと又は裁判員候補者として第二十七条第一項に規定する裁判員等選任手続の期日に出頭することが困難な者
イ 重い疾病又は傷害により裁判所に出頭することが困難であること。
ロ 介護又は養育が行われなければ日常生活を営むのに支障がある同居の親族の介護又は養育を行う必要があること。
ハ その従事する事業における重要な用務であって自らがこれを処理しなければ当該事業に著しい損害が生じるおそれがあるものがあること。
ニ 父母の葬式への出席その他の社会生活上の重要な用務であって他の期日に行うことができないものがあること。

通常、ここは「辞退事由」として紹介されていることが多い。が、それは誤り。正しくは上述したように「辞退の申立てをすることができる事由」である。つまり、ここに該当する人は裁判所に対して辞退したいとお願い申し上げることができますよ。当然、裁判所は申し立てを無視することができる。公式サイトではその辺ちゃんと書いてある。こっそりと書いてあるので強調して引用。

ただし,海外に住んでいる場合は,通常,裁判所にお越しいただくのは困難でしょうから,辞退の申立てをすることができます
http://www.saibanin.courts.go.jp/qa/c3_29.html:海外に居住しているのですが - 裁判員制度Q&A

介護をしている人がいるというだけで,直ちに辞退ができるわけではありませんが,裁判員法及び政令では,「介護又は養育が行われなければ日常生活を営むのに支障がある同居の親族」等の介護や養育を行う必要があれば辞退の申立てができるとされていますので,<略>裁判所が,個々のケースごとに,具体的に辞退を認めるかどうかを判断することになります
http://www.saibanin.courts.go.jp/qa/c3_9.html:自宅に要介護者がいるときは - 裁判員制度Q&A

「原則3日」がもたらす刑事裁判制度の崩壊

また公式サイトから。

もっとも,裁判員裁判では,多くの事件は数日で終わると見込まれています。つまり,これまでの裁判は,約1か月おきに間隔をあけて行われていたため,裁判員制度の対象となる事件についてみると,平均して約8か月かかっていましたが,実際に法廷で審理が行われる日数は6日前後でした。これからは,裁判員の負担も考慮され,できる限り毎日開廷されるようになるため,同じ事件でも,仮に平日に毎日開廷されれば,1週間程度で審理が終わる計算となります。しかも,ポイントを絞ったスピーディーな裁判が行われるよう,裁判官,検察官,弁護人の三者であらかじめ事件の争点や証拠の整理を行う(公判前整理手続)ことになるため,審理期間はさらに短縮されることが期待できるのです。
何年もやるの? - 裁判員制度Q&A

ひどい。
「平均して約8か月かかっていましたが,実際に法廷で審理が行われる日数は6日前後」というが、空いている230日間あまりを、決して遊んで過ごしているわけではない。この間にいろいろ調査するのである。通常の刑事裁判制度では、立証責任はすべて検察側にあり、検察側が被疑者の罪を「合理的な疑いの余地がない」程度にまで立証してはじめて被疑者を有罪にできるのである。ところが日本では、どうやらそうはなっていないケースが少なくないようで、被疑者側が無罪を立証できない限り有罪になるらしい。そのことの是非はここで論じないが、そういう現状なので、特に弁護人が調査する期間が必要なのである。法廷で審理が行われる日数は6日前後かもしれないが、その裁判のために費やされている時間は平均して約8か月掛かっているのである。
第一、「裁判員の負担考慮され」とあるが、これでは裁判員の負担しか考慮されていない。いったい誰のための刑事裁判なのか。

まとめ

このように、ちょっと見てみただけで突っ込みどころたっぷりの裁判員制度だが、まだ出来立てなので、実際に関わった人の意見などを取り入れて、改めるところは改めれていけば、いい制度になるように思う。巨大なブラックボックスだった司法に国民が携わることで何か変わるのでは、という楽観的な期待も持っている。


その提言が「守秘義務」の壁に遮られている、という最大の問題がそこにはあるのだが。