そうかそうか書いて喜んでるお前。それが差別だ。

ぼくは創価学会の信者ではないし、ほかの何教も信仰していない。宗教に名を借りた何かであるという側面を持っているように見える点で、創価学会には立正佼成会あたりと同様の胡散臭さを感じているが、胡散臭いのは悪いことではないし、少なくとも利害関係もない外部の者がとやかく言うことではないと思っている。

ねずっち。そういうことだったのか。
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これは端的に差別である。学会員だったとして、何なのだ。何か不都合があるのか。まあたとえばあなたが日蓮宗の信者だったりしたら、ちょっと不都合かもしれないが。


理解できないものに対して嫌悪感、あるいは警戒感を抱くというのは、ある意味ふつうのことなのかもしれない。しかし、この前テレビでもやっていたように、学会員は800万人もいるらしい。考えてみれば、すごい数字だ。そのへんにたくさんいる、ということだ。そこでもうちょっと考えてみれば、そんな現状で今まで生きてきて、不都合なことは特になかった、と気づくと思う。ぼくの住んでいる集合住宅にも何人かいるが、会えばふつうに挨拶するし、世間話もするし、ダイレクトメールが山のように入っていたりはしないし、選挙前に押しかけてきたりすることも当然ない。当たり前の話だ。中にはご執心な人もいるかもしれないが、それもまた当たり前の話だ。本人がいいと思うものを、他人に勧める。何も宗教に限った話ではない。興味がないのなら、そう本人に伝えればいいだけの話。


っていうか、学会員の互助会組織クダラネーと本気で思ってるなら、テレビ見なきゃいいじゃない。あなたの視聴によって支えられているのですよ。テレビは。